学校法人 東筑紫学園 九州リハビリテーション大学校

教育の伝統を継承し、
新生する九州リハビリテーション大学校は
さらに魅力的になる。






東筑紫学園
九州リハビリテーション大学校
学校長
室井 廣一
[プロフィール]
昭和49年、早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。
東筑紫短期大学教授。東筑紫短期大学学長。
九州栄養福祉大学学長。
東筑紫学園常務理事。
 
ここは日本の
リハビリテーションのまほろば…原郷。
───九州リハビリテーション大学校継承開学について


 この度東筑紫学園は理学療法学科、作業療法学科両科併設の養成校としては我が国で二番目に古い伝統を有する労働福祉事業団設立の九州リハビリテーション大学校を継承し、新しく専門学校として設置いたしました。
 この学校は労働福祉事業団が九州労災病院と共に設立運営してきたものですが、平成16年3月で閉校となりました。 本学は関係各位からの要請もありましてこの学校の継承をして福岡県認可の専門学校として平成16年4月に開校しました。 私はその継承設置準備室長を務めてきましたが、その間にこの学校の閉校を憂慮・心配される多くの人からたくさんのご協力をいただきました。 深く感謝しております。
 継承設置に当たりましては、学校の名称・校舎等設備を引き継ぐことはもとより先生方も実習先もほとんど引き続きお願いすることになっております。 前身校の伝統と実績を損なうことなく立派な養成校を作っていきたいと思います。
 さて、この大学校は北九州市小倉南区の足立山麓に九州労災病院と隣接してあるわけですが、この労災病院は日本のリハビリの先駆的役割をはたした病院だそうです。 そしてそこに隣接して作られたこの大学校には「小倉傷痍者訓練所」という前身校とでもいうべき存在があります。 更に歴史を遡れば、この足立山麓は歴史上有名な和気清麻呂公が傷めた足を治したという伝説の地でもあります。 足が立った山だから足立山というわけです。
 そういうわけで、いわばこの足立山麓は日本リハビリの発祥の地とでも言うべき所で「ここは日本リハビリのまほろば(原郷)」と私どもが言う所以であります。 いずれは、関係者の協力を得て「日本リハビリ発祥地記念館」(本学宇城記念館参照)が創設できればと考えております。
 百万都市・北九州市は近代化の過程で石炭の産出、官営八幡製鉄所、築港等でかつては我が国の四大工業地帯のひとつとも呼ばれ近代産業の牽引車的役割を果たしてきた所ですが、実はそれだけでなくリハビリ発祥の地ともいうべき「もう一つの顔」を持った所なのです。 この地から、リハビリ界の幾多のパイオニア的人材が巣立っていって、今日の斯界の指導者になっていることを考え合わせると、この地は日本リハビリのまほろばであり、聖地といっても決して過言ではないのであります。
 こういう伝統と発祥の地で学べる学生諸君は本当に恵まれていると思います。 しかし、こういう大学校は卒業の他に国家試験もパスしなければなりませんのでそれなりの覚悟が必要と思います。 募集人員は各学科わずかに四十名です。 それだけに本当にこの世界の有資格者としてリハビリ療法の実践に生涯を賭けるというような学生さんの受験を期待しております。 専門学校や大学を卒業された方も大いに歓迎します。 東筑紫学園が開学するこの大学校に入学してこられる第一期生の皆さんを私は足立山の麓で待っています。


新しい歩みが
日本医療界の輝かしい一歩になることを期待します。


 労働福祉事業団九州リハビリテーション大学校は、国の医療政策の一環として昭和41年に誕生し、多くの理学療法士、作業療法士を世に送り出してまいりました。 それまで日本になかったリハビリテーションの概念を広めた功績は大きく、わが国のリハビリテーション発祥の地といっても過言ではありません。 また、巣立った卒業生は各地の医療機関で指導者的立場にあり、本学の名は全国に轟いております。 この度、その誇るべき伝統をそのまま東筑紫学園に引き継いでいただくことになりました。 私どもを上回る情熱で、明日の医療を支える人材を育成していただけるものと確信しております。 この新しい一歩は、必ずや医療界の輝かしい一歩となるでしょう。
 
前身校 労働福祉事業団
九州リハビリテーション大学校 校長
元九州労災病院 院長
現本校顧問
許斐 康熙
[プロフィール]
昭和34年、九州大学医学部卒。昭和42年、米国クリーブランドクリニック研究員として留学。昭和53年、九州大学医学部外科学第一講座助教授。平成5年、九州労災病院副院長。平成12年、九州労災病院院長及び九州リハビリテーション大学校校長に就任。
医学博士。



最終更新日:2007年7月28日